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ごくせん・野ブタではかっこつけてる嫌なヤツだったイメージが、こんなに変わってしまうなんて・・・・・
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先週 平日の夜
ベムに会いに行ってきました

なんと 私ひとり!



その日は雨
時間も6時半と夕食時
そんなものかなと思いつつも
やっぱり 哀しい

いくら田舎だといっても
それは ないでしょ!




でも 
そんなに 驚くべきことでもなさそう


ここでは 5つの映画を上映してるんだけど
様子をうかがってみると
どこも 誰もいないみたい(微笑)

チケットをもぎる女性も
「こんなことは いつものことよ」と言うような
のんびりした働きぶり

こんなことで この映画館 大丈夫なのかしらって
余計な心配はしてしまいましたけど
こんなものなのでしょうね



劇場のどまん中に ひとりで座ったときは
やっぱり微妙な感じ

「虫にさされないよう 汗をかかないよう
細心の注意を払いながら
彼が 全力でとりくんだ作品なのに」と
少し切なくなったけれど
映画が始まってみると
そんなことも忘れ 
夢中で ベムの世界を楽しみました


全くの雑音もなく
誰のことも気にせずに
ただゆったりと映画の世界に溶け込む

なんて 贅沢なんでしょう
大きなスクリーンを独り占めできるなんて


終わったときは 大満足!


エンドロールを見ながら
なんてたくさんの人々がこの映画にたずさわったのだろうと
思いました

映画って凄いんだななんて
改めて思いました






人間であることを守るために 
その人(さゆりさん)の命を奪うことになる

なんて 哀しいことなのでしょう


人間が人間らしく生きるために
自分たちが 人間を守る



人間になることを諦める
<俺たちが 犠牲になる>

その選択をした3人の表情は 
晴々としていた・・・

夏目さん・緒方教授の家族
みちるちゃん親子

その気持ちを知っている人たちが
少しずつ 増えていてくれる
そのことが救いですね


離れていても 
人間と妖怪であっても
気持ちは 繋がっている

哀しいけれど 心が温かくなりました





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<怪作考察>というテーマの巻頭に取り上げられた
<映画 妖怪人間ベム>



16,000 words interviewは 彼とインタビュアーとの対話で進む




<怪作>とは<常識にとらわれない不思議で妖しい作品>のことだと説明するインタビュアー

しかし 彼は 「ベムという作品は王道だ」と言う



<あの容姿で この作品だからこそ 
こんなにストレートなことが 響いてくる訳で

普通のリアルなアニメーションとかフィクションが混ざらないところだと
そんなに伝わらないんだよ 今の時代
哀しいけど>




リアルなメッセージを伝える方法
私たちを取り巻く世界が複雑さを増す今 
<リアル>は そのまま まっすぐには伝わらない

特に 「人間というものは」とか
「正義とは」 だとかというテーマは
そのまま まっすぐぶつけられると
しらじらしく 恥ずかしく 
煙たかったり うざかったりする

「人は 支えあって生きているのです」
なんて直球は通用しないのだ
もう<金八先生>の時代のリアルさは
今の時代には 受け入れられなくなっている

リアルを まったくリアルとは逆の形で 見せていく
そんなテクニックが必要な時代

韓流ドラマのファンが根強いのもそんな理由ではないかしら
(私も 疲れているとき たまに観る
手早く胸キュンしたいときは いいのよね) 

恥ずかしいほどの定番の恋愛ドラマ
一昔前のドロドロした家族問題
そんなものも 演じているのが日本人でなく
日本語ではない
だからリアルに感じなくて済む
そんなところが 受け入れられる要因だと思う


今 日本のドラマや映画は
求めらるものが 複雑で 
難しさを増していると思う

 




映画 <妖怪人間ベム>

リアルがリアルとして 成り立たない時代

  
誰もが想像できなかったほど美しい妖怪を演じることができる彼が
ここに 今 存在したこと

 
妖怪人間という作品が 
色物としてではなく 王道として生み出されれるときは 
今しかなかったのだと思う

 
妖怪人間という作品が 今 求められ 成立したのは
今という時代と 彼の存在が ぴったりマッチしたから






ドラマ版では 
人間というものの弱さや強さを
妖怪の目を通して見つめた

しかし
映画では さらにテーマは深化する




「ベム達から見える感情っていうよりは
今回はその妖怪に対しての反映をさせるベムって感じ
同じ者としてどうするっていう・・・
だから ベムとベムが向き合っているって感じではあった」

「最後に俺たちが感じるものをどう透けて見えさせるか?
醜いものにに対して 俺がどこまでその奥にベム達を見せられるか?





ドラマでは 人間を見つめる妖怪の目
しかし 映画では
(人間が無意識のうちに変化してしまった)妖怪を見つめる
妖怪の目を通してと
一段階 深みを増し 複雑化している


人間になれるかなれないかは
ドラマで完結しているのだから
映画では その先
人間になる方法を知った今
それを受け入れないで
妖怪として生きていくことを貫くのか
そして その意味は何なのか
もし その答えが 正義であるとするなら
その正義とは何なのか
答えは 簡単ではない




妖怪というフィルターを通すことで
正義という超リアルなテーマを
真正面に示すことができるのか

楽しみに待ちたいと思う


12月15日は 私の誕生日でもあるし・・・
(といっても 今更 バースディってのも 複雑な日だけどね 笑)



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<なりたい自分になる>


なりたい自分って どんな自分なのだろう・・・

ここまで生きてきて 
いっぱい考える時間はあったのに
まだ 見えて来ない<なりたい自分>



ベムたちが目指す自分は
正義を貫く自分

人間が悪に陥りそうになったとき
それを防ぐ存在でいること

悪を受け入れて人間になることより
妖怪人間のままで 
人間を悪から守ることを選んだ

あんなにも人間になることを望んでいたのに
それを諦めて・・・


<諦める>

ある人が私に教えてくれた言葉
諦めるって すごくマイナスなイメージだけど
その人は「そうではない」と言った

諦めるということは 悟ること
自分のいるべき場所を認めること
本来の自分を受け入れること

<なりたい自分>と<本来あるべき自分>
その2つが 一致しないとき
私たちは どう進めばいいのだろうか


もちろん努力することは大切なことだけど
願ってもかなわないこともある
反対に
自分にしかできないこともあると思う
人 それぞれに相応しい場所ってあるのかもしれない
それは その人に与えられた使命のようなもの

自分を客観的に見つめると
それが 見えて来る


人間としてではなくて 妖怪人間として生きる
それが 自分に与えられた使命

「行こう」
行き先は 自分があるべき場所

穏やかな微笑み 
彼は 自らの運命を受け入れ
そして そこから離れることを決めた


姿が見えないことは たまらなく淋しいことだけど
見守られている安心感をそこに感じることができる

夏目さんたちの思い出の中に
ずっと残ることができるだろう


・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・

心の中に残るもの
私のここでの生活も後2日


ここで出会えた沢山の人
もう会うことはないかもしれなくても
一緒に過ごした日々を思い出すことが出来る

非日常生活を終え
日本へ帰る今
あるべき自分の場所を考えてみたい
今まで見えていなかったものが
少しは 見えてきた気がする


ここへ来ることを導いてくれた
すべてのことに感謝したい
 




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善と悪


人間の中にある善と悪

自分の中に存在する悪の部分を認める
これは この歳になって やっと 
私もできるようになってきたかなぁと思う

今までは 
悪の部分を見たくなかったから
できるだけ 隠そうとしてきた

もちろん 人に迷惑をかけてしまうようなことは
ダメだけど
少しの弱さや 汚さ
人間だもの 仕方ない
最近は そう思える

無理に隠そう 目を背けようとするから
それは 抑制されて 別の方向へ流れたり
蓄積されて さらに大きくなってしまったりするんじゃないかしら

だから 
<悪を受け入れることができれば 人間になれる>という
名前のない男の提案も 一理あるとは思う

だけど それは 精神的な部分のこと
ひとりの人間の中での戦いであって
目に見えることじゃない

なら それを 
ドラマの中では どう表すのか

元は 1つの存在が
善と悪という 2つのカテゴリーに分裂したできた
ベムたちと 名前のない男

同じ人間の内部であるなら
善と悪 2つが上手く溶け合うことは 
大切なことだと思う

だけど
善と悪の象徴となる彼らが
物質的に見える形で 1つになるというのは
ドラマとして どうなのだろうか

悪の存在である名前のない男が
ベムの中に入り込むというような映像が もし作られるとすれば
それは ドラマを観ている子どもたちにとって
好ましいとは言えないと思う
私たち大人っだって 違和感を感じるだろう

人間の内部の葛藤としては
とても 面白いテーマだけれど
映像として見せるのは かなり難しいと思う
たぶん 子どもたちには理解することができないだろう
単に 善が悪に負けてしまったかのように捉える心配がある

だから ベムたちが名前のない男を受け入れるという展開には
無理があると思う

では ベムたちは 人間になることができないのか・・・・・
人間になるとはどういうことを意味するのか・・・・・


最終回
どんな結末を迎えるのか
楽しみであるとともに
少し心配もする

SPや映画化は 望むべきことだけど
そのために このドラマ自体の完結が歪められたり
制約を受けたりするのであれば
このドラマが 今まで目指していたものが失われてしまう

2つを両立させるのは 大変なことだと思うけど
きっと 驚くような展開を見せてくれると期待したい




このドラマが終わるとともに
私の冒険旅行も終わる

こちらでの滞在も 残り2週間を切った
このドラマの展開とともに
私のこちらでの生活もいろいろと変わっていった
この場所に住んで 考える<人間という存在>
<自分という存在>

まだまだ 答えは出ないし
これからも たどり着けないのだろう
でも それを考えることを忘れてはいけないと思う

ずっと 正義を貫くことはできなくても
そうあろうとすることに意味がある
のと同じように




このドラマを思い出すとき
私は ここでの生活を思い出すに違いない








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<信じてくれる人がいるから>


「あなたはいい人間ですか 悪い人間ですか」


そんな単純で唐突な質問をされることはないと思うけど
あえて自問自答してみるとき
「私はいい人間です」と胸を張っていうことはできない

それは 哀しいことだけど
自分の胸の中を 正直に覗いてみると
そう答えることしかできないの



小春のセリフに凄く共感した

私も すごくいい人を見ると眩しくて
自分がどうしようもなく嫌になることがある




夏目刑事の心の中
犯人をどうしても許せない気持ち
自分の手で命を奪ってやりたいとまで思う憎しみの気持ち
今まで出てきた登場人物の中でも
帽子の男が 緑の液体を注ぐ必要がないくらい
一番激しいものだったんだね

普段の夏目さんからは想像もできないくらいの激しさ



いい人間と悪い人間
そんなに簡単に分けて考えたり
決めつけたりできないと思う

誰の心の中にも とても弱い部分がある
自分や家族を大切にする気持ちは
ときに周りを傷つけることにも繋がっていくし
自分や家族を守ろうとするとき
周りを攻撃してしまうくらいの激しい感情に襲われることもある



夏目さんを悪い人間にしたくないという強いベムの思いは
そのためなら 自分が悪役になるというところまで達していく

ただ 彼を止めるのではない
夏目さんの心情を深く理解しているから
阻止することはできない
なら 自分が代わりになる

その気持ちは <願い>に近いものかもしれない

「あなたに悪くなってほしくない
あなたはそんな人ではない」

誰かがそう強く念じてくれるとき
人は 悪い人間になりきることはできない

ベムの思いや夏目さんの家族の思いが
夏目刑事を踏みとどまらせた





もとからいい人間なんていなくて
誰もがいい人間になろうと努力している



誰かが 自分を信じてくれることで
その努力を続けることができる

多少の弱さを受け止め 
そして 支えてくれる誰かがいてくれる
それが 
人間を人間として存在させ続けられる要因だろう



犯人の命を奪おうとしたベムを
そのまま見つめているベラとベロ

彼ら 3人の関係は 人間そのものだったと思う



帽子の男が ベムたちの兄弟?

大きな展開はどんな結果へたどり着くのだろう







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