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ごくせん・野ブタではかっこつけてる嫌なヤツだったイメージが、こんなに変わってしまうなんて・・・・・
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<告白>





松たか子さんのゆがんだ表情
映画のCMの印象が強すぎた
残忍ないじめのシーンもあると聞いた

だから
絶対観ないと決めていた

なのに
「面白いよ 一度 読んでみて」という娘の勧めで
港かなえさんの原作<告白>を 読みました

作家さんの 
頭の中は どうなっているのか
一度 覗いて見てみたいです

「えっ!」
「そうだったの?」

思いがけない展開
驚くべき真実
次から次へと予想が裏切られる驚きの連続

ここまで 外されるというのは 
それこそ「あっぱれ!」
心地いいです

小説 読んでみてください
でも 映画のDVDは やっぱり 観たくはないの


映像は 取捨選択が許されない
観たくないものも 全員に与えられるし
目をつぶらない限り 観ることを要求される
ある意味 <押しつけ>


文字でたどるというのは 
自分なりの読みが許されるということ

見たくないシーンは 自分の中で 3倍速で進めることもできるし
文字の展開だけにとどめて 
映像として思い浮かべることを拒否することもできる 

ゆっくり読み取りたい個所は 
どこまでも 時間をかけていい

映画より 小説を好むときがあるのは 
こんなところにあるのでしょうね




小説を読んだ後の 全体的な感想は
母親っていうものの 大きさ

この小説は
母というものを2つの視点からとらえているように思えた

母というものは
子どもの死の前で
ここまで 冷静に冷酷になれるものなのか
それが 1つ目の視点 


そして 次に
<母>というものに宿る 
子への影響力という第2の視点

主人公の娘の死に関わる2人の男の子の母親
ふたりは 正反対のタイプの女性

自分を捨てて 子どもを愛しすぎる母と 
子どもよりも 自分を大切にする母

対極にあっても
どちらも 子どもを傷つけていることに変わりない

なのに
私も どちらにでもなりえるかもしれないと
思わせられてしまう母というものの複雑さ


この2人ほど 極端には突っ走ってはしまえないけれど
女として 母親として
2人の生き方を
全く否定してしまえないことが 重くのしかかる



私自身
母として 一生懸命やってきたとは思うけれど
心のどこかに 引け目がある
これで よかったのか

子どもたちの前に立って
胸を張ることができないような 申し訳なさ

自分が意識するしないにかかわらず
子どもたちの人生を 左右してしまうことが怖い



何かを教えたとか 
そんな単純なことじゃない


私が 私の毎日を生きている
そして それを見るともなしに見て
子どもたちは 育った 

ただ それだけで
子どもたちは 
たくさんの言葉にならないメッセージを受け取ることになる

いや
言葉にならないことほど
大きな影響を与えるのかもしれない


今 考えると
私にとっても 母の存在は
けっして 小さいものではなかった

下茹で 野菜の面取り
面取りした後の野菜は 卯の花の中へ
おでんの具の飛竜頭も手作り
食事には 手を抜かない

朝は ミキサーで生野菜ジュース
その野菜くずで 野菜クッキー
おやつも 手作り

身体が弱かった私のために 
<にんにく卵黄>まで作っていた

家庭菜園で 苺を作り
スイカも メロンも


雑誌を見て スカート ワンピースを縫ったり 
編み機で カーデガンやセーターを編んだり 
田舎に住む私は 
周りが 誰も来ていないような 
斬新な服で学校へ通った




母の優しい笑顔が 私に告げていた
「あなたの幸せが 私の幸せだ」と


「母に叱られた記憶がない」
そう言うと 多くの友だちは 羨ましがった

母は けっして 怒ることはなかった

そんな穏やかな母が 大好きだった
 
だから
母の哀しい顔は見たくなかった
母には 微笑んでいてほしかった

「母を悲しませたくない」
私は いつからか かたく心に刻んでいた


「私は しあわせでなくてはいけない
 だって それだけが 母の願いだもの」
大きな大人になった今でも 
まだ そんな意識が 
私の心の片隅に残っているのかもしれない


安全な道を選び 冒険できない
<道>から それることが 難しい


そんな自分の不自由さをもどかしく思いながら
同じメッセージを 私も 娘たちに送っているのかもしれない

幸せでいてほしい
それが 私の願いだと・・・


そして それは 
彼女らを縛っていることになっているのかもしれない






父に従うままで
理不尽と思うことにさえ 
反論しない母が歯がゆかった

そんな姿に 反発を覚え
夫に気ままを言い 
自由に生きているように見える私

男女は同じであるべき
娘たちにそう言い続けてきた私

その反面
母のような母になりたい
その思いは 私の中に根付いていた

夫がキッチンへ入ることをよしとはしなかったし
ゴミを捨てる姿も 見たくなかった
仕事は 私の趣味のようなものだからと 
そのことで 家族には迷惑をかけたくなかった



そんな私が 
彼のコンサートにかこつけて 
さっさと娘のところへ行けるようになった


彼のファンになったこと
それは 運命
少しだけ <外れる>楽しみを 味わうための
神様のプレゼント





「自分の子育ては どうだったのか?」
「母親として どんな影響を与えているのか?」 
そんなプレッシャーは
子どもがひとり立ちした後も 続く

いつになっても 卒業することはできない

普段は 忘れることができても
何かが 起こったとき
必ず そこへ立ち戻る
のがれることができない呪縛



母と子ども

思いを寄せるほど 縛り合うのかもしれない


ときどき感じる 胸が苦しくなるほどの閉塞感
そこから 解放される<隙間>をくれるのが
<彼>


サプリ ひと恋のDVD 
録画したMステ 
ひとときの隙間時間

そして
今日のGoing sports
新曲?


母としての自分を消し去ってしまうわけではないけれども
母でもない 妻でもない自分
解き放たれる そのとき
私は <私>でいられる





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